2007/4/8の礼拝メッセージ

今週のメッセンジャー:ゆう

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民数記10章 「天の父の導き」

アウトライン

1.1〜10「銀のラッパ」

2.11〜28「出発」

3.29〜32「助っ人」

4.33〜36「モーセの祈り」

質問:
 
1.2種類の違った音のでるラッパを造らせ、その二つが奏でる様々な音で合図を出しました。どのような合図がありました?(1〜10節)神さまの声を聞き分けることができているだろうか(ヨハネ10章)?できるようになるためにどうすればよいだろうか?
2.エジプトを脱出し、シナイ山で神さまから指示をもらい、会見の幕屋を完成させ11節より、約束の地に向かう旅が始まりました。100万人を超える大群衆が旅をするためにどのような準備をしていますか?(豊橋市、豊川市、蒲郡市、岡崎市、安城市の全市民が移動するスケール)
3.モーセのリーダーシップはどのようなものですか?(29〜36節)
私は、自分は無力であり、人生の先はわからないことを自覚し、神さまの導きと人の助けが必要であることを認めているだろうか?

霊的洞察
日々の生活はどこを歩んでよいかわからない荒野を歩くようだ。
民数記10章でイスラエルの民が旅立つシーンから学んだ。
ラッパを吹き、明確に神の指示を示すことが祭司の務めであった。
私たちの生活は、明確な神の指示と御言を表すことだ。
また、イスラエルの民は、神の雲柱が移動したとき出発した。
神が私たちを導くことは旅/人生の前提である。
モーセは、積極的に人に助けを求め、自らを敬虔にし、神に祈り行動していた。人生は目隠しをして歩むようなもの、一秒先も何が起こるか私たちはわからない。
自らが一歩を踏み出すも神の導きが必要であり、他の人の助けが必要であることをみとめているだろうか。
目が見えない状態で歩み続けてきて、傷ついたので丸くうずくまり、神の指示がわからなくなり、恐れと痛みで留まっていないだろうか?