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人の集いはどこにでもある。友だち、同じ趣味をもつ者たち、政治団体、宗教...。しかし教会は、インクレディブルでなくてはならない。 「もしあなたがたがこの世のものであったなら、世は自分のものを愛したでしょう。しかし、あなたがたは世のものではなく、かえってわたしが世からあなたがたを選び出したのです。それで世はあなたがたを憎むのです。」 この集いは徹底的に世に嫌われます。 人間が頂点ではなく、神を中心にしている、十字架を中心にしている。ナザレのイエスが歩まれた道を歩み、人の本来の姿はイエスのようである、としている。 自分の利益、権利、私欲を主張すべきだ、とは考えない。 人はひとりでいるのはよくない、と考える。 人間が作るいかなる組織、システムも解決にならないと考える。 この集いは教会となり、あらゆる組織、共同体、システム、文化に浸透し影響を与えている。「塩」のように...。 最終的に勝利が約束されている。 |